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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20297号 判決

原告

渡辺博

右訴訟代理人弁護士

幣原廣

井上曉

春日秀一郎

篠宮晃

中島信一郎

廣上精一

古田典子

大澤一司

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

山田知司

外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成五年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、弁護士である原告が、被告訴訟代理人として委任を受けた民事訴訟事件について、担当裁判官は、故意又は過失により、民訴法一四〇条三項の適用要件を欠くにもかかわらず同条を適用し、いわゆる欠席判決を言い渡したとして、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料及び右事件控訴状の貼用印紙代の金利の内二〇〇万円及びこれに対する右事件の判決言渡しの日である平成五年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(特記しない限り当事者間に争いがない。)

1  原告は、第二弁護士会所属の弁護士である。原告は、平成五年七月二六日、さくら工業株式会社を原告、有限会社ジャンジャンを被告とする宇都宮地方裁判所栃木支部平成五年(ワ)第一二八号売買代金等請求事件(以下「別件訴訟」という。なお、以下同事件における当事者に言及するときは「別件原告」などという。)について、右被告有限会社ジャンジャンから訴訟代理人となることを依頼され、これを受任した(原告本人)。

別件訴訟の担当裁判官は澤田英雄(以下「澤田裁判官」という。)であり、同裁判官は、第一回口頭弁論期日を同月二八日午前一〇時と指定した。

2  原告は、同月二七日、別件訴訟について、請求の趣旨に対する答弁として「原告の被告に対する請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」、請求原因に対する認否として「追って調査の上、認否する。」と記載した答弁書(以下「別件答弁書」という。)を宇都宮地方裁判所栃木支部に提出し、併せて第一回口頭弁論期日である同月二八日は差し支えのため右答弁書を擬制陳述扱いにして欲しい旨、次回期日については、電話で連絡する旨記載した書面を同支部に提出した。

3  原告事務所の事務員は、同月二八日同支部に電話をし、担当書記官から開廷予定日を聴取して、別件訴訟の次回期日について、同年九月二日又は同月一〇日の午後一時一五分の指定を希望する旨申し入れ、同書記官は澤田裁判官にこれを伝えた。澤田裁判官は、別件訴訟について、同日第一回口頭弁論期日を開き、出頭した別件原告に訴状を陳述させたが、別件被告は不出頭であったため、別件答弁書を擬制陳述とした上弁論を終結し、翌二九日午後一時一五分に判決言渡期日を指定した。

4  原告は、同月二九日午後一時一〇分ころ、担当書記官に次回期日の確認のため電話をしたが、澤田裁判官は、同日、別件訴訟について、陳述を擬制された別件答弁書の記載により、請求原因事実を明らかに争わないものとしてこれを自白したものと看做すとして、別件原告勝訴の判決を言渡した(以下「別件判決」という。原告本人、弁論の全趣旨)。

5  原告は、同年八月九日、別件判決について東京高等裁判所に控訴を提起した。同裁判所は、同年一〇月二七日、別件訴訟の経過によれば、同訴訟につき民訴法一四〇条三項による擬制自白の成立を肯定することができないのに、これを肯認したものとして、別件判決を取り消し、これを宇都宮地方裁判所に差し戻した。別件訴訟は、現在同裁判所に係属中である。

二  原告の主張

1  澤田裁判官の別件訴訟における訴訟指揮ないし判決手続は、以下の事実により国家賠償法上違法である。

(一) 違法・不当な目的

澤田裁判官は、裁判官として二〇余年の経験を有しており、原告の提出した別件答弁書は、請求の趣旨に対して棄却を求めた上で、請求原因事実につき「追って調査の上、認否する。」と記載し、しかも第一回口頭弁論期日当日に担当書記官と次回期日の打合せまで終えていたのであるから、擬制自白の要件を欠きこれを認めることができないこと、弁護士業務の実態として、第一回口頭弁論期日直前に訴訟事件の委任を受けたために、請求原因事実について認否を留保する場合のあることを熟知していたにもかかわらず、別件答弁書の記載について擬制自白を認めて弁論を終結し、弁論再開の機会も与えないまま、翌日に判決言渡期日を指定した。なお、学説においても、別件答弁書の記載により、直ちに擬制自白が認められるとする説はない。

(二) 裁判官による誠実な判断とは認められない不合理な裁判

仮に、澤田裁判官に違法・不当な目的が存在しなかったとしても、別件判決は裁判官による誠実な判断とは認められない不合理な裁判であり、弁護士活動に対する重大な侵害であるとともに、三審制の実質を奪うものである。第二東京弁護士会法廷委員会は、右の観点から別件訴訟に関する調査を行い、澤田裁判官の行為が、弁護士業務に対する重大な挑戦であること、原告の訴訟代理人活動を全く顧みないばかりか敢えて封殺したことを報告し、更に同弁護士会会長は右報告に基づいて、澤田裁判官宛てに要望書を提出し、併せて東京高等裁判所長官及び宇都宮地方裁判所長宛てに別件訴訟指揮及びその判決に関する通知をした。

2  損害

(一) 別件判決により、原告が事前に依頼者に対してした説明と異なった事態が生じたため、原告の依頼者に対する信用が毀損され、原告は多大な精神的苦痛を被った。右苦痛を金銭に換算すれば、二〇〇万円を下らない。

(二) 原告は、別件判決に対する控訴提起について、控訴状の、貼用印紙代二五万四四〇〇円を依頼者に立て替えて支払ったが、その金利相当額が原告の被った損害である。

なお、右各損害は、本来不要な控訴を余儀なくされるなどしたために生じたものであるから、控訴審判決によって別件訴訟が第一審に差し戻されても、なお回復し得ない。

三  被告の反論

1  澤田裁判官は、原告の提出した答弁書に、請求原因に対する認否が記載されていなかったことから、民訴法一四〇条を適用して弁論を終結した上、判決したのであるが、仮に同裁判官の行為が訴訟手続上違法なものであったとしても、右瑕疵は、訴訟手続上の救済手段によって是正されるべきものであって、直ちに国家賠償法上違法行為となるものではない。

即ち、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別な事情があることを必要とする。

原告の主張は、結局のところ、澤田裁判官がした民訴法一四〇条の法令解釈の誤りをいうものに過ぎず、右は裁判において通常随伴する瑕疵であるから、右特別の事情には該当しない。

また、別件答弁書上の記載からは、請求原因事実を争うか否かは不明確であり、原告自らそのような陳述態度を示していたのであるから、それに対する澤田裁判官の判断を一方的に難詰することは許されないというべきである。

2  原告は、澤田裁判官の別件判決は、弁護士業務に対する侵害であるとともに、三審制の実質を奪うと主張するが、民訴法は第一審判決に対する上訴手続を認め、かつ必要な場合には差戻しの規定も設けているのであるから、三審制の下で審理を受ける利益を奪うことにはならない。

3  別件判決は確定するに至らず、宇都宮地方裁判所に差し戻されて同裁判所に係属中なのであるから、原告には何らの損失も生じていない。また、原告において立て替えたという控訴状貼用印紙額の金利については、右印紙はもともと訴訟当事者である有限会社ジャンジャンが負担すべきものであるから、原告においてこれを立て替えたとしても、原告自身に損害は生じない。

四  争点

別件訴訟の訴訟指揮ないし判決手続は、国家賠償法上違法と認められるか。

第三  当裁判所の判断

一 原告は、別件訴訟の訴訟指揮ないし判決手続が国家賠償法上違法であると主張するところ、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解すべきである(最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁)。

二1  原告は、別件訴訟において、澤田裁判官に対して別件答弁書を提出し、併せて次回期日の指定を希望していた上、電話で担当書記官を通じ具体的な次回期日の希望も申し入れており、澤田裁判官もこれを知っていたのであるから、もはや民訴法一四〇条の擬制自白の適用要件を満たさないのに、同裁判官はあえて弁論を終結した上、同条を適用して翌日に別件判決をしたと主張するので、この点について検討する。

2  別件訴訟においては、①民訴法一三八条により擬制陳述された別件答弁書において、請求棄却の裁判を求めている以上は、別件原告の主張事実を争っているとみるべきであり、更に、②右答弁書で、請求原因については、追って調査の上、認否するとして、後日請求原因事実を争い、あるいは抗弁を提出することもあり得ることを予告し、加えて、原告は、別件訴訟の被告代理人として次回口頭弁論期日に出頭する旨申し出ているのであり、いずれにしても、民訴法一四〇条の適用に関して、別件被告は、別件原告の主張事実を争っているとみるべきであるとして、同条一項但書に該当し、三項のいわゆる欠席判決をすることはできないとの見解は根拠があり合理性を有している。

そして、右のような場合に、擬制自白が認められるならば、複雑困難な事件であったり、弁護士が第一回口頭弁論期日の直前に事件を受任したようなときは十分な調査検討ができず、代理人としては、取り敢えず、「請求原因は争う。」などと記載した答弁書を提出するという安易な方向に流れるおそれもある。

3 他方、①請求棄却の裁判を求めていたとしても、相手方の主張する事実に対しての陳述ではないから、事実を争ったものとはいえないこと、②請求原因についての認否の留保は、将来はともかく、陳述の時点においては、当然に事実を争ったとはいえないこと、③別件被告が次回口頭弁論期日に出頭する旨申し出ていたとしても、主張事実についての陳述ではないことから、結局、別件答弁書が民訴法一三八条によって擬制陳述されても、同法一四〇条一項但書の適用はなく、加えて別件被告は第一回口頭弁論期日に出頭しなかったのであるから、擬制自白を肯定すべきであるとする見解も十分傾聴に値する解釈といわざるを得ない。

また、民事訴訟事件の第一回口頭弁論期日を充実したものにするためには、少なくとも、当該事件について、欠席判決をすべきか、和解・調停を試みるか、弁論を進行するか等、審理の方針を定めることが望ましいのであり、別件答弁書のような書面を提出したまま欠席したのに、擬制自白を認めることができないとすると、裁判所としては、請求原因事実を争っているとして別件原告に立証を促すか(いかにも実践的でない。)、単に口頭弁論期日を続行し、結局その期日を空転させてしまうほかないことになる。

4 別件訴訟において東京高等裁判所は、擬制自白の成立を肯定できないと判断し、別件判決は訴訟法上違法とされたが、右3の見解を考慮に値しないものと断定することはできず、澤田裁判官による民訴法一四〇条の法律解釈は、裁判官に付与された権限の趣旨に明らかに背いた著しく不合理なものであるとまではいえないから、国家賠償法における違法性を肯定することはできない。また、弁論終結に適当と判断した以上、判決言渡期日をいつに指定するかは民訴法上裁判官の裁量によるから、弁論終結の翌日にこれを指定したことは、国家賠償法上も何ら違法の問題を生じない。

三  更に、原告は、澤田裁判官は弁護士業務の実態を全く考慮しないか、知った上で敢えてその弁護活動を封殺したといい、右行為は三審制の実質をも奪うと主張するが、仮に民事訴訟における訴訟代理人としての弁護士業務の実態が原告主張のとおりであるとしても、それは弁護士強制主義を採用しない我が民訴法の下においては、一方の訴訟当事者の内部的問題に過ぎず、また、民訴法は、当事者の地位以上にまたは別個に訴訟代理人としての弁護士の地位を保護するものではないから、一方当事者の訴訟委任が弁論期日に近接してなされたことを認識した上で弁論を終結し、翌日に判決言渡期日を指定したとしても、訴訟運営上の当否の問題はあるにしろ、それは訴訟法上与えられた職務権限の適法な行使に他ならず、また、審級の利益を奪うともいえないから、国家賠償法上違法と認めるべき「特別の事情」があるものとはいえない。

四  以上によれば、別件訴訟の訴訟指揮ないし判決手続は、国家賠償法上違法とは認められない。よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤康 裁判官稻葉重子 裁判官竹内努)

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